「碁盤攻め」のその後の小説をplacebo syndromeの阿川様に書いていただいちゃいました!!!
ほんとうにほんとうに嬉しいです!ありがとうございました!!我が家の家宝にさせていただきます・・・!
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キャベツと下心

 足立さんが山ほどキャベツを購入してきた。特に足が早い食材ではないが、かといって何週間ももつものでもない。美味しくいただけるタイムリミットは、適切な保存方法でもってだいたい一週間。多少手を加えることにより、もう一週間ほど持たせることも可能ではあるが、生憎足立さん宅にはその手の道具がありそうにない。よって、連日のキャベツ責めは避けられそうにない事態である。……俺はいいんだ。ここで暮らしているわけでもなし、三度の飯がキャベツであっても特段困りはしない。チラと台所に視線を流す。大好物のつまった段ボール箱を嬉しそうに抱きしめている大人がいる。安いといったって、限度があるだろうに。ほんとうにどうするんだろうか。俺だって、キャベツ料理のレシピなんか云うほど知ってるわけじゃない。箱を抱えたまま首をひねり、俺を見てきた大人の眸は、今どき小学生でもそこまで輝かせないだろうと思うほどキラキラしていた。やばい、直視できない。なんだかちょっと顔が熱くなった気がする。何も言わず目をそらす俺に、足立さんは言った。
「きみさ、千切りはできる?」
「え、ええ、まぁ、人並み程度には」
「じゃあ、これ三つか四つほど、お願いできる?」
「は? 多すぎませんか」
「いいのいいの。切り終えたら、えっと、どこしまったかな……」
 段ボール箱から離れて、流し台の下の扉を開けたり、吊り戸棚を開いたり、洗面所に入ったり、部屋の物置をあさったりしたかと思ったら、とうとうベランダへと出て行かれてしまわれた。何を探してるんだ。
「あったあった、コレ、このバケツに入れといて。切ったの全部」
 言いながら戻ってきたその手には、文字通り10リッターサイズの青いポリバケツが握られていた。千切りしたキャベツをバケツに入れるなんて、切った尻からゴミと化すようで気が進まない。どこだったか、感覚的にこれと似た拷問を行っていた国があったことを思い出す。地面を掘らせて、ある程度の深さにまで達したら、次は埋めさせていく。その人の気が触れるまで、延々と。人間は、意味のない労働を課せられると頭が壊れてしまうのだ。食べ物を粗末にするような真似は不愉快だし、ついつい脳裏をよぎってしまった連想にいたっては恐怖と戦慄しか覚えないし、このようないかんともしがたい感想が顔に出たのか、黙り込んでいる俺を見たまま足立さんはにへらと笑った。この人のゆるい笑顔は嫌いじゃない、というか好きだけれど、笑いかけられても気持ちのいいものではない。風雨にさらされたバケツに食材を入れていくなんて、俺にはできない。
「いや、洗うけど。べつに嫌がらせで言ってるわけじゃないから」
 ゆるい笑顔を微妙な苦笑に変えて、彼は頭を掻いた。
 しっかり洗ってくれと念を押し、俺は台所に立った。キャベツの三つや四つぐらい、すぐに切り刻んでやる。真っ二つに割って、芯を落として、数枚ほどを指で切り離し、まな板の上から掌で圧して平らにし、刃を入れる。この繰り返しだ。単調な作業だが、二分の一個ほどやっつけてしまうと楽しくなってくる。ただ、三つ目の半分に差し掛かったあたりで気が滅入ってきた。綺麗に洗われたといっても、モノがモノだ。バケツだ。青いポリバケツだ。こいつに似つかわしいのは、少し濁った水と薄汚れた雑巾だ。植えつけられた先入観に敗北しかかっている俺を、完全無視している大人が居る。手伝うことがないと言って、それこそ小さな子供のようにバケツの傍にしゃがみ込み、どんどん溜まっていく淡い緑と優しい黄緑色を眺めていた。嬉しそうにしている人を見て、ハラを立てたりムカついたりしない俺は、足立さんより大人だと思う。しかし、無邪気に嬉しがる彼の眸に、何やら言いようのない――期待のようでもあり、企みのようでもあり、そこはかとなく不穏当な――光りが灯っていることを見逃す俺ではなかった。……この人、もしかして、キャベツに欲情しているのではなかろうか。……変態だしな、それもアリかもしれない。好きにさせておこう。そっとしておこう。
 胸に落ちる一抹の不安は見ないふりして、俺はラストスパートをかけた。
 

何とか指定された個数分を処理し終え、利き腕と肩に溜まった乳酸を気にしていると、あとでマッサージしてあげるねぇと間延びした声をかけ、
足立さんは立ち上がった。台所の奥にある食器棚から大きな筒状の何かを持ち出してきて、バケツに溜まったキャベツにサラサラとふりかけだした。
「何してるんですか」
「塩まいてんの。よし、こんなもんか。悪いけど、そこの棚から平皿取って。一番下のグレーのやつ。そうそう、それそれ」
 言われた物を取り出し、ちょっと待っててと言われたので何をするのか見届けた。バケツの中に手を突っ込み、ざっくりとかき混ぜている。
「これくらいでいいか。ん、皿ちょうだい」
 受け取った皿をキャベツの上に乗せた。あつらえたようにピッタリはまっている。これは、もしかして。
「漬物にするんですか? キャベツを?」
「そうだよう。重石はぁ……ええと、冷蔵庫からペットボトル出してくんない。水の。新しいヤツ入ってるから」
 人使いの荒い大人だな。休んでる間に段取りよく動いておけばよかったのに。おじさんのご苦労が忍ばれる。胸中でぶつぶつとひとりごち、言われるまま冷蔵庫を開けて、大きなペットボトルを取り上げた。皿の上に置いてとか言ってる。置くぐらいやぶさかではないですけど。どちらへ参られるんですか。そっちは洗面所でしょう。戻ってきた足立さんの手には、洗いたてのふきんが一枚。そいつをバケツの上にかぶせ、ニッコリ笑った。
「これでオシマイ。一週間ほど寝かせたら食べごろ」
「保存食ですか」
「そんなとこ。それだけじゃないけど」
 意味深な台詞を吐いて、ニィと口を歪める足立さんの顔は、ほんっとうに楽しげだった。悪だくみと期待感と愉悦しか見当たらない。なんでそんな嬉しそうなんですか。いくら理由を問いただしても「ナイショ」とニヤニヤするだけで、ちっとも埒があかない。この手の人間にしつこく教えてと詰め寄ったところで、ますます嬉しがらせるだけなのは知ってる。それはそれで癪に障るので、気のないそぶりで俺は言った。
「浸かり終わったころに、また食いに寄ります」
「いやいや、きみにはあげない」
「なんで」
 なんだそれ。前々からそうではないかと疑念は抱いていた。しかし、これほどあからさまなまでにおなとげない大人だとは思っていなかった。びっくりしている俺をまったく気にするふうもなく、足立さんはにこりと笑った。ここでその邪気の無い笑顔はずるいです。
「なんでも。そんかわり、しっかりマッサージしてあげるから」
 かくして、お食事前のスキンシップを堪能することとなった。あまり期待はしてなかったけれど、彼のマッサージは意外と巧かった。……職場でやらされてるんだろうか。それとも、元々器用なんだろうか。腕から肩にかけてじっくり揉まれ、ついでだと言って肩から腰まで刺激された。ときどき変なところをかすめてきて、不覚にも身体がびくついてしまったが、妙に感心したような抑揚で「このへんは凝ってないのか、さすがに若いね」とか何とか呟いていた。何かツボでもあるのだろうか。経絡秘孔をついてこなければなんでもいい。気にしないことにして、適当に相槌を打ち聞き流した。

 そのあと、簡単な食事を済ませて、帰る前にダメ元でキャベツの漬物を食わせろと投げかけてみたが、やはり頑なに「だめぇ」と首を振るから、こいつは絶対なにか企んでいると確信し、俺も俺で新たな企みが生まれたこともあって、にこやかな笑顔を貼り付け「しょうがないですね」と残念がるフリをし、帰路についた。
 翌日、学校のPCを拝借し、白菜ならいざしらずどこの世界にキャベツの漬物などが存在するのか調べてみて、あの変態の思惑を知ることとなった。なんだよ、世の中広いんだな。俺はまだまだガキだった。某国のとある博士が提唱することには、キャベツのザワークラウト(要するに塩漬けの発酵物)には、世界的に有名な某製薬会社の大ヒット商品(主に男性機能に作用する)と同じ効果が期待できるとか何とか。なんなんだ、あの変態は。そりゃ俺に食わせないと意地悪く笑うはずだ。いったい誰に使うつもりなんだ、あ、なんだか今ちょっと胸が焦り焦りと痛んだような。……気のせいだ、気のせい。気にするな、俺。つぎ会ったとき、ささやかな仕返しをすればいいんだ。……仕返しって、なんの。なんで。労働の対価……、はマッサージを頂戴したし、仕返しって。どうした、俺。落ち着け、俺。

おしまい

2010-12-01


足立さんがなぜキャベツ好きなのか、これでわかりましたね!
足立さんはやっぱりへんたい的なことしてる時が一番輝いてる気がします。
阿川様、素敵な小説ありがとうございました!!

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